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2011年4月

2011年4月30日 (土)

友人のおかぁさんに。!!

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今日は友人のお母さんの入院先に行きました。

今度できる絵本もってくるからね!!という約束守れてほっとしました。

照美が1ページづつ読みがたり。
おかぁさんはとっても喜んでくれました。

うれしかった。

BOO

2011年4月28日 (木)

白ひげメガネのヘビ学者、、、うたができたよ!!

昨年の5月、白ひげのI さんに誘われて吉野川の奥に行った。

その時の光景を唄にしました。ふふふふ、、、

今年の秋に彼の蛇研究の発表会でのライブでこの歌を歌い白い杖で出てきてもらおうと思っている。

楽しみ!!</p>">

2011年4月25日 (月)

秩父アースディライブ

秩父から帰ってきました。

アースディ、、、40人ほどの慎ましやかなアースディだったけど、等身大というか、お互いの感覚が近くてほのぼのとした時間になりました。
クロちゃんとこのお泊りはいつも温かい気が流れ、毎晩こんな夜を過ごしたいなぁと思ってしまう。

今回は幼稚園、保育園の方たちが多くそのこどもたちが一日中飛び回っていた。
おまけに大型犬ウルル、猫のみかん、、、、そしてなんと弥勒ライブの時窓の背景の大きな木の巣箱から「むささびちゃんがぼくたちのうたを聴いていてくれました。

P4240085 後ろの巣箱からむささびちゃんも。

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P4240059 アイドルみかん。

P4240069 焚き火もしたよ、、、もちろん焼き芋も。

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P4240100 ライブのあとの集合写真

ぼくはろうけつの、
照美はアイヌ刺繍の、、、ワークショップもしました。

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P4240070 25年ぶりの出会いもありました。歌三線クラブのNさんとクロちゃんは25年前常滑で1年間陶芸を学んでいました。

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そしてチャリティで集まった地震被災地へのカンパは僕たちが託されました。、、

それから、絵本がまたいっぱい僕たちの手元から旅立って行きました。

嬉しいことです。
ありがとう

BOO

2011年4月23日 (土)

ライブinへっころ谷

今日は藤沢のへっころ谷へライブ。
震災復興チャリティライブです。
しばらく会えなかったひととも幾人かあえて嬉しかった。

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絵本「ここにいるよ」まだ発表して1週間ほどだけど、、、ことのほか評判が良くて僕たちじしんがびっくりしてる。
今日も歌の合間に朗読しました、。
でもなかなかうまく語れないよ。
そして自分たちの本がいろんな人の手に渡っていくことの不思議。

そうだ世界は不思議なものなのだ。

BOO

2011年4月22日 (金)

森の結婚式、、の準備。てんとう虫も踊るだろうなぁ、。

友人の結婚式の準備のおてつだい。
森の中にテントを張った。
木も虫も微生物もみんな参加者。ふふふ、、、

幸せのおすそ分けをいただきながらの楽しい一日でした。

ぼくたちは当日、、

BOOは発電機、PA、MICなどの操作。弥勒ライブ、、、その他雑用。

照美は司会とライブ。

いい一日になるよ。ぱちぱち。

P4210001 彼はもういじめられています。足を引っ張って!!

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BOO

2011年4月21日 (木)

生まれて初めての、気功体験

秩父からかえって我が家2時間滞在ですぐで富士に向かいました。
賑わい塾の下見の時にお世話になったSさん宅。
ここのご夫婦がとてもフレンドリィな方で、奥様はおはなしでいつも周りを明るくする方。
夫さんは古き時代の「男」を感じさせる素敵な方。
ぶっきらぼうなようで実はとても優しい、、、、僕の子供の頃いたよな、、こんな大人が。

お泊りは今日で2回目。
楽しいお話をして翌日はSさん御夫婦と途中の清水で待ち合わせたMさんと浜名湖に向かった。

高橋さんというキルリアン気功の美人先生のセラピーに。
癌とか難病も気功で直してしまうという。

すごく気さくな方で治療をしながらづーっと貴重なお話をしてくれる。

BOOは、気功と足湯、、、砂風呂、それとでスプレーに出る映像の数値を見ながら自分の悪いところがわかる機械、、夜の7時ころまでいました。

気管支と心臓が少し弱っていると言われました。

気功で悪いとこがみな感じられるそうです。

う~~んハードワークだったからなぁ。

とても面白い体験でした。
sさんありがとう。

BOO

2011年4月20日 (水)

秩父の沢奥桂の木へ。

秩父に行ってきました。

久しぶりの秩父、クロちやん手作りのおうちにお泊りはもう10回じゃきかないなぁ。

一昨年クロちゃんに出会ったことはとても大きいいよBOO達にとって。、、、、いや秩父にとってかな!!

西武秩父駅でまた友人ふたりを拾って5人。

この前の猫が大きくなっただけでなんの変わりもない山の中の風景。、、、いやされるなぁ。

群馬から来たお酒の強いタイボクさんとみんなで夜が更けていきました。

朝早起き、、、新たにこども4人と二人のおかぁさんが参加して秩父の山奥三国峠への沢に向かう。

目的は詩人「ナナオサカキ」の散骨一周忌???
昨年沢の奥の桂の木の根元に、、、、

今日は林道が荒れていてサワの入り口まで車の進入禁止で5キロ歩いた。
宿泊設備のクロちゃんの友人にあってから出発。

こどもたちはもう木片でちゃんばら。
感動だね、、、ちゃんばらして木でたたき合っている子供たち!!

おかげでかえりまでBOOもあちこち叩かれましたとさ。

Imgp0756 沢筋が荒れていて昨年と様変わり。お母さんががけで滑ったりいろいろ。
でもこどもたちは山の子だからおとなよりぜんぜん安全。

このうちひと組の母娘たちは2年ぶりの再会、、、僕たちの友人の神流川にいったとき「面白い家族がいるから紹介する」と言われてお会いした上野村の山の中の一軒家の方たち。
声をかけられはじめて再会とわかった。日本も狭いね!!。

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桂の木の下で弥勒ライブ、、、それぞれが好きなような姿勢でサカキさんを偲んでいました。
いいなぁこういうの、、、サカキさんも喜んでいたと思います。

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そして大家族の夜は更けていきました。

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秩父への活動の拠点づくりなどいっぱいいっぱいはなしました。

翌日の帰りの駅から見た武甲山。
なんか不思議な感じがしませんか??

P4180077 BOO

2011年4月18日 (月)

青虫列車、またまた出発。 ぴっぽ~~~。

秩父に行ってきた、、、

クロちゃんのとこにみんなで泊まった。

昨年山奥のかつらの大木の根元に散骨してきた(ナナオサカキ)さんの散骨一周忌?

こども5人を含めたゆかりの一行はいっぱい歩いて帰りは真っ暗にひが落ちました。

この2日間の豊かだったこと!!

みなさん、、、サカキさん、、ありがとう。

我が家にかえって2時間、、、今度は浜松への旅に出ますので帰ってきたらまた2日間の感動を書きたいと思っています。

ではしゅっぱ~~~つ。
ぴっぽ~~

青虫列車です。

BOO

2011年4月16日 (土)

かわいい犬と持ち主は反比例

今日は水俣から友人がきました。

僕の作品の前でこれから夜更けまで素敵な時間が、、、

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僕の京都の友人のとこに来たワンちゃんの写真が送られてきました。

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どうです、かわいいよ~~。
でも持ち主のおじさんは可愛くないんで今度行って誘拐してこようと思っています。

BOO

2011年4月14日 (木)

木も草も花も、、、みんな微笑ましい。

昨日は新治市民の森に散歩にいった。

木も
草も
花も

湧き水も
森の中を静かに歩くひとも
おそらも
くうきも
みんなみんなほほえましい。

その時の風景写真をバックに僕たちのオリジナルソング、、、もりのうた~古い木をあっぷしました。

古い木は、11年前にニューヨークで飛行機がビルに突っ込んだ日のころにうまれた古い歌。
でもなにか今回の震災のイメージにもつながるような気がします。

そのころのぼくたちは(古い大きな木がアンテナになって世界の木に平和のメッセージを伝え木がまたそばのひとにつたえてくれる)と信じていました。
そして木の回りでお祭りをしました。ふふふ、、、変ですね。

でも今でもその時と同じように信じてます。

BOO

obje

2011年4月12日 (火)

福島に、、、花いっぱいにな~~れ。

宮城からふたりとも体調がおかしくて、、う~~~ん

そうだ森へ行こうって徒歩10分70ヘクタールの新治の森に行きました。
弁天様に宮城のお水を持って行きお参り。
被災地の津波で粉々におられた海岸の松の枝を向こうの神社のお水に入れたペットボトルで。

森の中を歩き始めたらからだの滞っていたものがサーっと流れはじめとても気持ちよくなった

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きれいな湧水を見ているうちに、
ひとがどんどん欲望に任せて快適な生活をしようとした結果原発をうみだし、自然にないプルトニュームという元素をつくりだしたんだなぁとおもった。

大自然に問いかけてこのへんでいいよねっていう謙虚を失ってはいけないだろうなぁ。

感謝と謙虚を失うと際限なく自然を従属させようとするひとというもののありよう。、、、、
なんとなく湧き水にごめんなさいと言っていた。

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しばらくあるくと森の中の自然農の畠につきました。そこのSさんは僕の長年の友人。
通るたびにいろんな季節の野菜を頂いたり。
今回はなんと素敵なお花をいっぱい!!ふふふ、、、

そして池のそばに行くと顔見知りになった野鳥の写真家たちが。
僕のろうけつ染めのモチーフに写真をいただいている。

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頂いたお花を抱えている照美を見ながらふと浮かんだものがありました。

そうだ、東北が少し落ち着いたらひとが汚してしまった福島の大地にお花の種をいっぱいまこう。
うたをうたいながらお花に咲いてもらって自然の再生を祈ろう、、、、って思いました。

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僕たちのこの歌は米軍の爆撃で全身に大やけどを負った鋤柄さんの願いを詩にしたものです。
知らないうちにおんなじことを考えさせられていた。ふふふ、

はないっぱいにな~れ

BOO

2011年4月11日 (月)

みえるひとにも見えないひとにも唄いたい

今日は震災の1ヶ月目。

いきているひと
みうちをさがしているひと
なくなったひとも、、、、、
みんなさまよっている。

自分たちの作った絵本に添えるCDがこのひにうまれた。
けっこう激しいやり取りをふたりでしながらやっとできた。
なれないMTRをなんとかつかって。

そのうちのひとつのうた

会いたくてきちゃったよ

あなたにあいたくて  あいたくてきちゃったよ
あなたにあいたくて  あいたくてきちゃったよ
あぁ あえてうれしいね あぁちょっぴり泣けちゃうね
あぁ 今日は笑おうね あぁかならずまた会おうね

、、、、またうたいながらあいにいくよ。
いきているひとも
なくなったひともきいてくださいね。

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BOO

2011年4月10日 (日)

お庭はたわわ、、選挙いったよ!!

うちの小さなお庭にはいっぱいのお花や木が、、、!

これからの世の中のこと、今の世の中をしばし忘れさせてくれる可愛い人々。
とりわけ楽しみは枇杷がいっぱい。
びわ酒と実がとても美味しいのです。そしてユスラウメ2本もね!ふふふ、、、

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選挙に行きました。
原発が僕の選挙基準です。

BOO

2011年4月 9日 (土)

世界が変わった、、友人が訪問

やはりこの旅はこたえました、、、
地震が始まった時この以前のブログでぼくは「今世界が変わった」、、、、となぜか思いました。

そのままの気持ちがづーっと継続しています。
でもそれは目をそらせてはいけないものなのでこれからもつづくと思っています。

でも大切な事がひとつあるなぁとぼくは思う。。

普段の生活は何事もないように自然にいきていくこと。
今までしてきたことの楽しかったことを続けること。
プラスの方向だと思っていることをそのまま自然にやること。
ここにおおきな天変地異が来ても続けること。

そんな気持ちでことしの応募展の作品を締め切りギリギリに仕上げた。ふふふ、、、

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そして今日は絵本に添えるぼくたちのうたを今仕上げている。
絵本を読みながら僕たちのおもいのうたを聴きながらふふふ、、、って笑ってもらいたいなぁ。
こどもや赤ちゃんに読みがたりして一緒に笑ってもらいたいなぁ。

その作業の途中友人があそびに来た。
宮城への旅にガソリン携行缶にいっぱいの燃料を持ってきてくれたMさん。

まだ向こうはガソリンがなく町の人でも順番。
よそ者の僕たちがそのわづかなガソリンを買うわけにはいかないもの。
とてもたすかりました。
ありがとう。

音録で緊張していた僕たちにやはり友人の笑顔がオアシスみたいだったなぁ。
そのまま宮城のこと、原発のこといっぱい話し合った。

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BOO

こちらでも何かしょう第1弾 復興支援みらぼくLIVE inへっころ谷 日時   4月22日 18:30OPEN 19:00START 場所   へっころ谷 チャージ 1,000円(1ドリンク付・食事代別)      ↓      「投票証明書」または「みらぼくショット」持参で500円に      ※http://shonan-senkyo.net/?page_id=105 出演   弥勒 http://shonan-senkyo.net/?page_id=643      風義 http://shonan-senkyo.net/?page_id=224      まつ http://shonan-senkyo.net/?page_id=253

2011年4月 8日 (金)

絵本「ここにいるよ」完成。

避難所のコンサートの唄と歌の合間に僕たちのつくった絵本「ここにいるよ」、、、を朗読しました。
僕の好きな「老若男女」すべてが集まっている。
隅のほうにいたオバァちゃんたちが「本こっちにも向けて~~」、、、う~~んもてもての絵本。

昨年暮れの山形ライブでの不思議な出会いによってこうして自分たちの作った絵本を読める。
絵なんて全く興味のなかったぼくが20年前はじめてしまった「ろうけつ染め」。
それが今ここで絵本になってみんなに楽しんでもらえている。

人生は不思議不思議の連続だなぁ。

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ご本もうすぐ我が家に送られてきます。
本を読むときにバックで流してもらいたいなぁと弥勒の唄を2曲ほど収めたCDがおまけで付いて2000円(送料100円)です。

いろいろな人に紹介してね。

BOO

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2011年4月 7日 (木)

原発を選挙の争点にしよう。、、、BOOの提案 その3

今回の宮城の旅の一番後に書こうと思ったけど、、、
もうすぐの選挙。、、、があるので

ぼくは争点を原発の可否に絞りたい。
イデオロギーなどはどうでもいいと思っている。
原発に対する考え方だけですべてがわかる気がする。

そう思って今まで余り感心のなかった選挙公報を読んでみた。

本当にびっくりした。
誰も具体的には原発に触れていない。
(候補者がこれをかいたときはまだあの地震が起きていない時点だったのかなぁ)

自然を守ろう。
生活を守ろう。
子育てを支援しよう。
災害対策に強くなろう。
教育を守ろう
観光資源
地域力のアップ。
福祉を大事に。

触れている言葉のすべてを否定するものが原発ではないだろうか。

自然界になかったプルトニューム、プルサーマルはそのままだと放射能の半減期が10000年以上。

耳あたりがいい言葉が並ぶけれど誰も原発には触れていない。

僕の音楽での友人のブログから、、、(ぼくはこういう書き方ははじめてなんだけど)読んでほしいなぁ。

選挙がもうすぐなので、みんなにも考えて欲しかったのです。
もちろんご自分の意志で投票してくださいね。

佐藤栄佐久・前福島県知事が告発 「国民を欺いた国の責任をただせ」
週刊朝日 3月30日(水)17時56分配信

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110330-00000301-sasahi-pol
福島第一原子力発電所の事故は周辺の土壌や海水からも大量の放射能が検出され、世界を震撼させる事態となっている。原発の安全性に疑問を持ち、一時は東京電力の原子炉17基をすべて運転停止に追い込んだこともある佐藤栄佐久・前福島県知事(71)はこう憤る。「諸悪の根源」は経済産業省であり国だ──。

 今回の事故の報道を見るたびに、怒りがこみ上げてきます。一部の識者は「想定外の事態だ。これは天災だ」というような発言をしていましたが、だまされてはいけません。これは、起こるべくして起こった事故、すなわち“人災”なのです。

 私は福島県知事時代、再三にわたって情報を改ざん・隠蔽する東電と、本来はそれを監視・指導しなければならない立場にありながら一体となっていた経済産業省に対し、「事故情報を含む透明性の確保」と「原発立地県の権限確保」を求めて闘ってきました。しかし、報道を見る限り、その体質は今もまったく変わっていないように思います。

 端然とした表情で語る佐藤氏の自宅は福島県郡山市内にある。地震から2週間以上経過した今も石塀は倒れたままになっているなど、爪痕が生々しく残る。もともとは原発推進論者だったという佐藤氏が日本の原子力政策に疑問を抱き始めたのは、知事に就任した翌年の1989年のことだった。

 この年の1月6日、福島第二原発の3号機で原子炉の再循環ポンプ内に部品が脱落するという事故が起きていたことが発覚しました。しかし、東電は前年暮れから、異常発生を知らせる警報が鳴っていたにもかかわらず運転を続けていたうえに、その事実を隠していました。県や地元市町村に情報が入ったのはいちばん最後だったのです。

 いち早く情報が必要なのは地元のはずなのに、なぜこのようなことがまかり通るのか。私は副知事を通じ、経産省(当時は通商産業省)に猛抗議をしましたが、まったく反応しませんでした。

 日本の原子力政策は、大多数の国会議員には触れることのできない内閣の専権事項となっています。担当大臣すら実質的には役所にコントロールされている。つまり、経産省や内閣府の原子力委員会など“原子力村の人々”が政策の方向性を事実上すべて決め、政治家だけではなく原発を抱える地方自治体には何の権限も与えられていないのです。

 国や電力会社は原発に関して、地元自治体を「蚊帳の外」にしただけではないという。佐藤氏が「8・29」と呼ぶ事件がある。2002年8月29日、原子力安全・保安院から福島県庁に「福島第一原発と第二原発で、原子炉の故障やひび割れを隠すため、東電が点検記録を長年にわたってごまかしていた」という恐るべき内容が書かれた内部告発のファクスが届いたのだ。

 私はすぐに、部下に調査を命じました。だが、後になって、保安院がこの告発を2年も前に受けていながら何の調査もしなかったうえに、告発の内容を当事者である東電に横流ししていたことがわかったのです。

 私の怒りは頂点に達しました。これでは警察と泥棒が一緒にいるようなものではないか。それまで、東電と国は「同じ穴のムジナ」だと思っていましたが、本当の「ムジナ」は電力会社の奥に隠れて、決して表に出てこない経産省であり、国だったのです。

 この事件で、東電は当時の社長以下、幹部5人が責任をとって辞任し、03年4月には、東電が持つすべての原子炉(福島県内10基、新潟県内7基)で運転の停止を余儀なくされました。

 しかし、保安院、経産省ともに何の処分も受けず、責任をとることもありませんでした。

 それどころか、福島第一原発の所在地である双葉郡に経産省の課長がやってきて、「原発は絶対安全です」というパンフレットを全戸に配り、原発の安全性を訴えたのです。なんという厚顔さでしょうか。

 今回の事故でも、記者会見に出て頭を下げるのは東電や、事情がよくわかっていないように見える保安院の審議官だけ。あれほど、「安全だ」と原発を推進してきた“本丸”は、またも顔を出さずに逃げ回っています。

 さらに、佐藤氏は3月14日に水素爆発を起こした福島第一原発3号機で、「プルサーマル」が行われていたことに対し、大きな危機感を持っているという。

 なぜメディアはこの問題を大きく報じないのでしょうか。「プルサーマル」とは、使用済み燃料から取り出したプルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を使う原子力発電の方法で、ウラン資源を輸入に頼る日本にとって、核燃料サイクル計画の柱となっています。

 これに対して私は98年、MOX燃料の品質管理の徹底をはじめ四つの条件をつけて一度は了解しました。

 しかし、判断を変え、3年後に受け入れ拒否を表明することになりました。

 福島第一とともにプルサーマルの導入が決まっていた福井県の高浜原発で、使用予定のMOX燃料にデータ改ざんがあったと明らかになったからです。

 そして、核燃料サイクル計画には大きな欠陥があります。青森県六ケ所村にある使用済み燃料の再処理工場は、これまでに故障と完成延期を繰り返しており、本格運転のメドがたっていません。この工場が操業しない限り、福島は行き場のない使用済み燃料を原子炉内のプールに抱えたままになってしまう。今回の事故でも、3号機でプールが損傷した疑いがあります。これからも、この危険が残り続けるのです。

 昨年8月、佐藤雄平・現福島県知事はプルサーマルの受け入れを表明し、30日には県議会もこの判断を尊重するとの見解をまとめました。このニュースは県内でも大きく報じられましたが、その直後、まるで見計らったかのように、六ケ所村の再処理工場が2年間という長期にわたる18回目の完成延期を表明したことは、どれだけ知られているでしょうか。

 福島第一原発の事故で、首都圏は計画停電を強いられる事態となっています。石原慎太郎・東京都知事は00年4月、日本原子力産業会議の年次大会で、「東京湾に原発をつくってもらっても構わない」と発言しましたが、この事態を見ても、同じことを言うのでしょうか。

 私は06年に県発注のダム工事をめぐり、収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕されました。控訴審では「収賄額はゼロ」という不思議な判決が出され、現在も冤罪を訴えて闘っている最中です。その経験から言うと、特捜部と原子力村の人々は非常に似ています。特捜部は、自らのつくった事件の構図をメディアにリークすることで、私が犯罪者であるという印象を世の中に与え続けました。

 今回の事故も重要な情報を隠蔽、管理することで国民を欺いてきたと言えるでしょう。今こそ国の責任をただすべきときです。 (構成 本誌・大貫聡子)

さとう・えいさく 1939年、福島県郡山市生まれ。東京大学法学部卒業後、88年に福島県知事に初当選。06年、収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。09年、一審に続き、控訴審でも懲役2年(執行猶予4年)の有罪判決が出されたが、「収賄額はゼロ」と認定され、実質上の無罪判決となった。現在、上告中。著書に『知事抹殺』(平凡社)がある

大泣きしそうになった朝。、、夜は弥勒コンサート。その2

宮城での最終日の予定は。

朝6:30~避難所の中学校で朝ごはんの準備。
11:30~お昼前の食事の準備
13:00~ スポーツセンター資材集積所で衣類の整理仕分け、、、途中の休憩に簡単ライブ
19:00~弥勒コンサート準備。
20:00~弥勒コンサート 1時間

来た日に就活不調だったのが嘘みたい

自衛隊の運んできたご飯をみんなでおにぎりにしておみおつけとかいろんなところからカンパされてきたわずかな食材を一人一人にお渡しするとき。
並んだみんなの一人ひとりのお顔を見ているうちに何かわからないけど大泣きしそうになる。
マスクを付ける規則なので隠せるけれど、声をかけながら、ありがとうと言われるたびに何か「ごめんねごめんね、、」ってこころの中でつぶやく。

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17:00~夕食準備

調理室でいっしょにおにぎりを作ったり準備するおばさんたちも、実はほとんどが家を流されたりした被災者。
ローンで買った家を失い「でも家族が助かったから、、、」と笑顔で何でもないように語ってくれる。

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僕以外の人はみんな強かった。
こころの中心を失っていなかった。
そんな人を何人も見た。
大泣きなんか間違ってもできない。

校長の津波先生がここでセットしてくれた「弥勒コンサート」はそんな日々の帰る前の日の夜。

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何人来るか、、、こんな時だから10人ぐらいかもなぁ、、、と思った予想は見事にはづれ階段にまであふれた100人以上の方たちが聴きに来てくれた。
最初に来てくれたのは3人の小学生の女の子。
席取りで一番前の席に座り、、、サイン帳まで持ってきてくれた。
ぼくたち的には今までで一番こころの通い合ったライブができたような気がした。
手拍子、
拍手
笑い声が、、自然にいいタイミングでうまれてきたようなきがする。
歌の合間の僕たちの下手なMCもみんなが耳を傾け喜んでくれた。
1時間のライブが終わり、握手をしに来てくれた方が次の朝の食事の時まで何人もきてくれて嬉しかったなぁ。

BOO

2011年4月 6日 (水)

自然とはそういうもの、、宮城被災地にて。その1

宮城の被災地、亘理町と山元町に5日間いってきました。
Cさんのおばさんが住んでいる今回の津波の影響のなかったおうちを拠点にして、、、

東北道を白石で降り阿武隈川にご挨拶。
Cさんが子供の頃にあそびにいっていた、渡し船のあった川岸、

幼い頃の神社、祖先のお墓などをお参りしてからおうちに行きました。

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程遠くない被災地のことなど考えられない穏やかな佇まい。

何処に行くあてもないぼくたちは一応避難場所にいってやれることを探そうということになり、街に向かいました。
少し国道からはいるいとものすごい風景が広がっていました。

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駅舎は倒れレールは枕木と一緒の空中に横になり、駅だったところの周りに広がっていた商店街、住宅は跡形もありませんでした。

「魔の大波人々をさらう」、、という表現があったけれど、、
自然とは本来太古から振動し、破壊し、そして再生することがあたりまえのもの。
人の意思とは別のもの。
「それが自然なのだから」人はそういう事を想定しながら地の表面にくらさせていただかなければならない。
まして自然には存在しないプルトニュームなどという粒子を作り出すようなおごりなどと自然は両立などはしないものと考えるべきなのだろう。

あてどもなくの就活?の後物資の集まっているセンターに仕事を見つけることができた。
衣類を種類ごとに選別する作業。
自衛隊の人、遠いい自治体から来た人、修道女さんなどとこの後ボクたち3人は午後の一時毎日通うことになった。

その他避難所となった中学校に食事の準備をする役を日々毎食、、、、ふふふ。ボランティア掛け持ち
何かやっと就職が決まったようで嬉しい。

そのあいまに「弥勒コンサート」、「こどもたち、お年寄りさんを集めてのゲーム。」、、、

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Cさんが自治体職員の頃の仕事が役に立ち、、、ゲームにみんなは被災生活のコトを忘れたかのように遊んでくれた。

この中学の校長先生、に弥勒の音楽のことを話したら、、「夕方のふれあいコンサート」を企画してくれた。

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この校長先生もおうちを流され校舎に寝泊まりし、ヒゲはボーボー頭は津波のような状態で自ら「津波先生です」、、、と笑いを誘いみんなに親しまれている。

このコンサートは100人以上の方たちが楽しんでくれて、不思議な感動を頂いた大変な集まりになった。
このことはまた書きますね。

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食事のお手伝いや、衣類の仕分けのこと、コンサート、ゲーム、、土地の神様にご挨拶にいったことなど、、、これから毎日書こうと思っています。

とにかくお世話しているようで実は僕たちがたくさんの感動と学びをいただいた数日間でした。
おいおい書いていきますね。

みなさんありがとう、、、、人間っていいね!!

BOO

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